2025年11月27日
MaaS - 交通網の進化により、シームレスな移動を叶える未来へ
情報通信技術(ICT)の発達を背景に生まれた次世代の移動サービス「MaaS(Mobility as a Service)」。 先進国を中心に導入が進んでおり、日本も普及の波に乗るために近年開発が進んでいる技術です。MaaSとはどんな仕組みなのか、都市型・地方型で異なる導入内容や世界で目指しているレベル、予測される市場規模と現状の課題など、詳しく紐解いていきたいと思います。
読者の関心度
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片倉 好敬
Katakura Yoshitaka
アベントゥーライフ株式会社
代表取締役 兼 CEO
MaaSとはどんな仕組みなのか、次世代交通の目指す姿とは?
MaaSとは「Mobility as a Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)」の略称、直訳すると「サービスとしてのモビリティ」という意味になります。
「移動のために自家用車を所有する」=移動手段を「持つ」のではなく、「移動サービスそのものを購入する」という考え方に基づき、情報通信技術(ICT)の発達を背景に生まれた次世代の移動技術です。
複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うシステムで、「公共交通の利用をシームレスに促進する」という観点から、SDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」などの目標達成にも貢献すると期待されています。
もし導入が進めば、スマートフォンのアプリを立ち上げれば目的地までの移動手段の検索、予約、支払いはもちろんのこと、観光案内や飲食店、ホテルの予約、近くにある病院や行政サービスの予約まで一括対応が実現します。
- 観光や医療など、交通手段以外のサービスとの連携
- 交通情報のデータ化
により、
- 移動の利便性向上
- 渋滞緩和
- 過疎地や観光地の活性化
- スマートシティの実現
などの効果が期待されているのです。
【参考】国土交通省が定めるMaaSの定義とは:
地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるものです。
引用:https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/
従来の交通システムとMaaSの違いとは?
では、今までの交通システムとは何が異なるのでしょうか?違いについて考えてみたいと思います。
まず従来の交通サービスは、利用者が電車やバスなど、選択した交通手段ごとに個別で予約を行い、料金を支払う仕組みでした。
たとえば、遠方への旅行の際は、
- 自宅から空港行きのバスが出ている駅まで電車で向かう
- 空港行きのバスに乗って空港に
- 飛行機で目的場所まで移動
- 到着後は空港から宿泊施設までタクシーで向かう
といったように、複数の手順が発生するため、バス・電車・飛行機・タクシーのサービスを別々のアプリから予約し、個別に支払いを完了させる必要がありました。
MaaSは、多様な交通手段を一つにまとめた「ワンストップ型」を採用しているので、予約手続きも1つのアプリ内で完結が可能です。つまり、上記1~4までの手順を一括対応できるようになります。交通機関や路線ごとにわざわざアプリを立ち上げる必要ないので、シームレスな利用がかなうのです。
都心型MaaSの導入目的とは
日本には、「MaaS導入の目的が都心部と地方部で大きく異なる」という大きな特徴があります。
まず、都心部の場合、すでに多様な公共交通機関の路線があるなかで「さらなる利便性の向上」を目指してサ開発・推進を目指してしています。大都市圏や人口規模が大きい地方都市では、1つの地域に鉄道・バス:タクシーなどの複数の公共交通が既に整備されています。加えて、近年はシェアサイクルやオンデマンド交通などの新しい移動手段も数多く展開されていますよね。
狙いは以下のとおり。
- 複雑な交通ネットワークを誰が見ても分かりやすいよう整備する(高齢者や外国人、障がい者が安心して移動できる仕組みの構築)
- 自動車による交通渋滞やピークタイムの公共交通機関混雑を緩和する
- 駐車スペース不足や駐車料金の高騰をおさえる
- 事故や災害による交通障害が発生した際の移動手段確保
現状の都市課題を解決する有効な手段として期待されていることがわかります。
都市型MaaSの取り組みとサービス傾向とは
都市型MaaSではさまざまな取り組みがすでに実施されており、実施内容は以下3つに分類される傾向にあると言われています。
ルート検索や地図機能による情報の統合
既に稼働しているさまざまな種類の公共交通や移動のサービスを一元化するため、ルート検索や地図機能を導入するケースが多く見られています。
一元化の対象には公共交通機関はもちろん、タクシー・レンタカー・パーソナルモビリティシェアリングサービスなども含んでおり、経路や料金を一括検索できる機能を付帯しています。
二次交通や物流を支えるモビリティとの連携
都心の移動をより円滑にするためには電車(鉄道)やバスなどの一次交通と、一次交通と目的地を結ぶ二次交通、そして物流を支える移動手段との連携が重要です。
最近は自転車や電動パーソナルモビリティのレンタルやシェアリングサービス・オンデマンド交通などを対象にした機能の提供も増えています。
混雑情報の発信
通勤・通学ラッシュの混雑も都心部ならではの問題です。昨今は観光客増加による「オーバーツーリズム」も課題だと言われています。電車やバスの運行状況はもちろん、周辺施設や駐車場の混雑状況やレンタルサイクルの貸し出し状況をリアルタイムに発信したり、混雑度合いを予想するシステムも展開されています。
地方型MaaSの導入目的とは
一方で、地方部や山間部などの人口が少ない地域は公共交通機関の種類や本数が乏しいため、自家用車での移動に頼らざるを得ない現状が課題だと言われています。
たとえば、公共交通機関の運行時間を住民のニーズに合わせて調整することで運行頻度を少なくする(需要を集約化する)ことで、何とか赤字の解消を目指しているケースもしばしば見受けられます。
狙いは以下のとおり。
- 衰退・撤退傾向にある公共交通機関の維持とサービス改善
- 高齢者の移動手段確保
- 自動車依存から脱却し、公共交通利用への転換を促す
- 次世代型移動サービスを導入することで観光客を誘致し、地域活性化を目指す
少子高齢化や人口減少の影響もあり、地方部の交通環境は厳しい状況に置かれています。MaaSは、交通弱者問題の解決につながる画期的な取り組みだと評価されています。
地方型MaaSの取り組みとサービス傾向とは
地方型MaaSの場合、都市型とは異なるシステムを取り入れている傾向にあります。
AIを活用したオンデマンド交通の導入(乗合型公共交通サービス)
前述したとおり、地方部では過疎化や少子高齢化にともなう公共交通機関利用者減少により、地域の公共交通機関が縮小・撤退している傾向にあります。
しかし、電車やバスの需要が無いわけではなく、車に頼らない移動手段の確保が課題となっています。そのため、より柔軟な運行が実現できるオンデマンド交通(乗合型公共交通サービス)を導入する事例が増えています。
なお、「利用者からの予約をAIが分析し、最適なルートを計算して車を手配する」など、オンデマンド交通にもAI化が進んでいます。
輸送資源の公共交通機関化
公共交通機関の整備が不十分な地域においては、自家用車・送迎バス・シャトルバス・スクールバスなども移動手段のひとつ。
限られた利用者を対象にする輸送資源と地域住民のニーズを活かした「輸送資源の公共交通機関化」が進んでいます。
送迎バスに「新たな地域の足」として一般利用者を混乗させる等の協調を図ることで、地域資源の有効活用と利便性維持向上を目指しています。
交通機関のキャッシュレス化
定時性の維持・現金の管理コスト削減・運転手の負荷軽減を目指して「路線バスのキャッシュレス化」を推進しています。
国土交通省の政策である「完全キャッシュレスバスの運行」はキャッシュレスを活用した大きな事例です。
- 利用者が限定的な路線(空港・大学・企業輸送路線など)
- 外国人や観光客の利用が多い観光路線
- 様々な利用者がいる生活路線で、キャッシュレス決済比率が高い路線
- 自動運転など他の社会実験を同時に行う路線
を「取り組みやすい路線」と定義付けて実証実験の公募を行っています。完全キャッシュレスバスの推進は、遠隔からバス運行を監視する形での自動運転バスの実現を目指す大きな一歩だと言われており、今後の動向に注目が集まっています。
オンデマンド交通とは:利用者の需要(予約)を集約した形で運行する乗合交通手段で、バスとタクシーの中間的なところにそ機能が位置し、将来に向けて多くの可能性を秘めた交通システムのこと
引用:地方におけるオンデマンド交通の可能性と課題(鈴木文彦著)
MaaSのレベルと日本の現在の立ち位置とは
MaaSは、情報統合の程度に合わせて4段階のレベルに分かれると定義されています。(出所:日本政策投資銀行)
レベル1からレベル4までの違いは以下の通りです。
レベル1:「Integration of Information(情報の統合)」
各交通手段(モード)の利用料金、経路などの情報が一元化されて表示されることで最適な移動手段の検索が容易になる。
日本での導入事例:NAVI TIME ・Google Map
レベル2:「Integration of booking&payment(予約・決済の統合)」
一元化された情報のもとで選択した交通手段の予約、発券、決済がアプリなどで一括して行える。
レベル3:「Integration of the service offer(サービス提供の統合)」
MaaSオペレーターが事業者の垣根を越えて、各移動手段が一元化したパッケージを利用者に代理提供する。サブスクリプションを提供している。
レベル4:「Integration of policy(政策の統合)」
都市計画やインフラ整備、インセンティブなどの施策が交通政策と一体になって立案されている。
日本での導入事例:なし。世界各国で実現を目指している
日本の場合、レベル3については「有効期限内に定額で鉄道やバスが乗り放題になる」という形で一部の地域や事業者に限定して導入されています。
現在世界でレベル4に到達している国はないと言われていますが、日本でも最終的には「Integration of policy(政策の統合)」の実装を目標に掲げています。
MaaS先進国であり、いち早く導入を進めたフィンランドの取り組み
世界で初めてMaaSシステムを展開して、いち早くレベル3「「Integration of the service offer(サービス提供の統合)」を実現させた都市はフィンランドのヘルシンキです。今から10年前である2016年に「whim」というアプリを開発したことで、公共交通機関の利用促進に成功しました。
なぜ早期実現が可能だったのか。その理由は「自治体による官民一体の取り組み」です。交通情報のオープンソース化を国主体で実施、その情報を活かしたアプリケーションサービスを導入することで成功の土台を築きました。
ヘルシンキでは市内と隣接都市の公共交通手段は「HSL(ヘルシンキ市交通局)」が一括して管理しています。
そのため、トラム・地下鉄・バス・フェリーなど、どの交通手段を使っても同一の金額で運行することが可能です。ここが日本との大きな違いであり、いち早く導入に成功した大きな要因だと言われています。
「whim」の利用者はアプリ上で利用頻度に合わせた料金プランを選択します。いわゆる利用頻度が高いほどお得になる「サブスクリプションサービス」のシステムなので、「公共交通機関をたくさん使おう」という心理になるのです。
フィンランドの成功事例は、世界に次世代交通の概念を広める大きなきっかけになりました。
MaaSの未来、2030年・2050年に予測される市場規模と今後の課題
複数の交通手段を統合して、移動をより快適にする「MaaS」。国土交通省によると、市場規模は今後急速に拡大していくと考えられており、2030年には国内市場約6兆円、2050年までには世界市場が約900兆円にまで拡大するという調査結果が公表されています。
現代の日本では、都市部への人口集中や交通渋滞・地方のドライバー不足や過疎化による公共交通機関衰退など多くの移動課題を抱えており、問題解決のためにも交通の次世代化が求められています。
自動運転技術、空飛ぶクルマや電動パーソナルモビリティ台頭、ライドシェアの普及など、移動手段の多様化が進むことで市場はさらに発展していくでしょう。
現在、国家主導で積極的に普及を推進しており、全国で実証実験が進められています。並行して2025年にはトヨタのウーブンシティがオープンするなど、スマートシティ開発も進んでいます。最新の機能を搭載した新型モビリティも多数リリースされており、今後の動向に大きな期待が寄せられていると言えるでしょう。
しかし、日本は欧米などの先進国と比べると普及が進んでおらず、まだまだ発展段階です。実際、データの連携や統合が実証実験で止まっているケースが多いのが現状です。法人間でのデータ共有が厳しいという日本特有の障害から、現状さまざまな業種の企業が独自で開発を進めている事例が散見されており、完全な一元化には時間を要すると言われています。
また、情報結合による、プライバシーや個人情報の流出を懸念する声も多く挙がっています。高齢者のデジタルデバイド(情報格差)も解消する必要があるでしょう。
上記で挙げたとおり、意識すべき課題は多々ありますが、ここ数年でMaaSの仕組みが日本に普及し、少しずつ前進しているのも前向きな事実です。
5年後、10年後、20年後に日本や世界の交通システムがどのように変わっていくのか、ぜひ注目していきたいですね。
MaaSの仕組みについて詳しく知りたい方は、MaaS - 次世代モビリティサービスの魅力と日本の現状の記事もご参照ください。